宮下玄覇さん 映画『信虎』プロデューサー・共同監督・美術「新しい世界観を創る!」
目次
歴史・古美術に興味を持った理由
由結:それでは、本日の素敵なゲストをご紹介いたします。古美術鑑定家、歴史研究家、そして今秋(2021年)公開の映画『信虎』プロデューサー、共同監督でいらっしゃいます、宮下玄覇さんです。よろしくお願いいたします。
宮下:よろしくお願いします。
由結:幼少期から歴史や古美術に大変関心がおありだったという宮下さんにお話を伺がってまいります。
宮下:そうですね。小学生の時の話ですが、母方の伯父が家系図を調べてくれていたんです。それで歴史に関心を持ちまして、母方に続いて今度は父方の家系図を調べていきました。そして、古美術にも興味を持ちました。全国のお城を青春18きっぷを用いて、一人でくまなく回りましたね。中学生の時は夜行で有名な「大垣行」によく乗りました(笑)。
由結:そうでしたか!
宮下:当時、『城のしおり』(全国城郭管理者協議会編)を購入し、それをしらみつぶしに片っ端から行きほぼ制覇しました。
由結:そうなのですね。子どもの頃に全国のお城を実際に回られたときに、感じたことなどはありましたか?
宮下:はい。私はとくに鎧兜、甲冑が大好きでした。あと茶道の世界が渋くて面白いなと感じました。
由結:その頃、ご家庭で調度品を見る機会も多かったということでしょうか?
宮下:いや、全くなかったです。親の影響というのはほとんどなく、唯一あるとしたら、NHK大河ドラマを父がたまたま観ていたんですね(笑)。それで歴史と古美術がますます好きになりました。
由結:装飾やいろいろなものを目にしますものね。このようなことに深い関心を持つお子さんも珍しいように思いますが、周りのお友だちはどうおっしゃっていたのですか。
宮下:私の友だちには歴史好きは意外と少なかったですね。浮いていたかもしれませんね。
由結:そうだったのですね。そうして、いろんな知識ですとか、見たり触れたりするものが多くなってきたと思いますが、その後、どのような活動をなさったのですか?
宮下:古美術商社や歴史・甲冑書などを発行する出版社を立ち上げました。もともと私は関東、東京・神奈川出身なんですが、20年以上前に京都に移住しました。やはり歴史や古美術が残されてる本当に素晴らしい街ですので。
映画『信虎』プロデューサーとして
由結:話は飛ぶようですが、その好きが高じて、この度の『信虎』という映画につながった訳ですよね。プロデューサーをなさっていますが、なぜこの映画を製作しようと思ったのですか。
宮下:古田織部という桃山時代の天下一茶人がいますが、その織部の400回忌の追善茶会というのを以前京都・大徳寺でさせていただきました。2014年のことになりますが、そのあと、戦国武将の遠忌法要・茶会を立て続けに、大徳寺聚光院で三好長慶ですとか、高台寺で浅野幸長などをやってきました。
実は、武田信玄の450回忌というのが来年にあたるんですよ。なおかつ、2019年が、武田信虎が山梨県の「甲府を開府してから500年です。
由結:では、それが重なったのですね。
宮下:節目の年だったのです。最大のイベントは、今年が武田信玄公の生誕500年の年にあたります。三つ重なっております。
450回忌と、甲府の町ができて500年。信玄が生まれてから500年。
由結:すごい!記念すべき年なのですね。
宮下:それで良い追善供養はできないかということで考えました。例えば私の出版社で、武田信虎や信玄の書籍の出版はできますが、他に何かないかと思いついたのが「映画」でした。
由結:そうでしたか。この映画はもう製作への思いもさることながら、役者さんも素晴らしい方々が揃っていらっしゃいますよね。
宮下:はい。ありがとうございます。
由結:どのような方を選出するかということも宮下さんが決められたのですか。
宮下:はい。キャスティングは私が担当しました。先日(4月11日)、亡くなった隆大介さんは信虎の家老役で出演していただいており、『信虎』が遺作になりました。
由結:惜しい方をなくされましたね。
宮下:そういったことを考えると、ご本人も戦国の時代劇に久々に出演できてよかったと喜んでいらっしゃいましたし、良いことができたなと感じております。
由結:そうだったのですね。この映画につきましては、皆さんも興味深々だと思います。
現在、情報はウェブ上には出ているのでしょうか。
宮下:そうですね。弊社の“宮帯”という会社のホームページと、あとはTwitterですね。『信虎』と検索していただけると、ヒットすると思います。
由結:わかりました。『信虎』で検索ですね。
宮下:『映画 信虎』あたりだったらもう確実だと思います。
由結:ぜひチェックなさっていただければと思います。
そして、古美術も長年研究していらっしゃって、骨董品などもたくさんご覧になっている宮下さんにお聞きしたいことがあります。素人が古美術や、骨董品を見たときに、見るときのポイントや目利き感覚を養うにはどうしたらいいのでしょうか。
古美術や骨董品を見る目利きとは
宮下:古美術の鑑識眼を養うには、まずは大手の美術館・博物館に収蔵されている本物をたくさん見ることです。現在、ネットを検索したら美術館の蔵品などが出てきますので、そこから始めても良いですね。
由結:なるほど。まず本物を見るということですね。では、美術館に行けないような場合は、ネット上のものでも大体わかるのですか?
宮下:鮮明な画像を見ればわかります。品物を実際手に取って鑑定する場合、ポイントは、焼き物だったら釉(くすり)、釉薬ですね。絵があれば絵付の様子です。あとは造形、形です。また、大体業者さんは、茶碗だったらひっくり返して高台、土味を見るんですね。あと重量。その辺りを見ればだいたいわかります。
由結:なるほど。
宮下:本物と比較をすれば、もう一目瞭然ですね。とにかく比較するということです。
由結:まずは本物を見ること!やはり数をこなしていくということも大事なでしょうね。
宮下:そうですね。業者さんはどれだけ本物をたくさん見るか触るかが勝負です。あと忘れないことですね。
由結:勘で選びましたっていうのは駄目なのですね。
宮下:良い物をたくさん見て記憶しておけば、勘は当たります(笑)。
由結:勉強になりました。有難うございます。それでは、『信虎』という映画の概要をもう少し詳しく教えていただいてよろしいでしょうか。
『信虎』映画の概要について
宮下:映画『デスノート』や『(平成)ガメラ』シリーズで知られた金子修介さんが監督をされています。私は共同監督という立場でした。あと、今回の目玉が、池辺晋一郎先生の音楽です。
由結:そうそうたる方のお名前が上がりましたけれども、とても素晴らしいですね。
宮下:有難うございます。「武田信虎」といいますと、信玄のお父さんなんで、戦国時代のちょっと前の頃の物語なのかなというふうに感じがちですけど、実はもう信虎の晩年80歳のときの物語でして、その時は、息子の信玄が亡くなるところからのスタートなんです。信虎と信玄の後継者・勝頼との確執の物語です。
勝頼は、当主になると暴走していき、結果長篠の戦いで大敗することになるのですが、その暴走を信虎がなんとか食い止めようと必死になるんです。その駆け引きや手段が面白い内容となっています。
由結:人間ドラマがそこにありますよね。戦国という時代を一味違った切り口で見ることができる映画ですね!
『信虎』のこだわり―“かつら”
宮下:追放された信虎目線の映像作品は今までになかったです。信長や謙信も出てきますし、あと今回こだわったのは“かつら”ですね。大体、戦国時代の“かつら”というのは、よく大河ドラマで使われているのを皆さんは、イメージされると思うのですが、本来もっとすごく剃ってるんですよ、側面を。耳の上ギリギリまでもう禿げているというか。それをしているのが、黒澤明監督の『影武者』とか『乱』ですね。最近では、三谷幸喜監督の『清須会議』で少し出てきたぐらい。あとはないんですよ。それ以外の作品は髷(まげ)、髪の毛の位置が高いわけですね。業界では「天正髷」というのですが、天正時代の髷ですね。
本格的な“かつら”をフィットさせるため、かつら担当の江川悦子さんは、役者さんの頭をCTスキャンして、作られたんです。ピタッとして生え際がわからないんです。その本格的な“かつら”を今回使ってますので、ぜごご覧いただきたいと思いますね。
由結:素晴らしいことですね。これも宮下さんのこだわりですか。
宮下:これは絶対やらなきゃいけない、という信念でやりました。
由結:やはり本物を追求していらっしゃるのですね。
宮下:黒澤明監督以来、スケールは全然違いますけど、本物にこだわっております。
由結:とても楽しみです。細部にわたって見ると、とても楽しめますね。
『信虎』のこだわり―馬
宮下:ほかにこだわったのは、馬ですね。普通の時代劇では武将たちはサラブレッドに乗るわけですけど、当時は海外の馬であるサラブレッドはいなかったわけですね。ですので、うちは木曽馬を使いました。戦国武将、武田勝頼には在来種の馬に乗っていただきました。
由結:木曽馬というのはどのような感じでしょうか。
宮下:ポニーみたいですね。
由結:サラブレッドというかっこいい感じとは少し違うということですか。
宮下:ええ。かっこいい凛々しい感じではなく、少しかわいらしい、それがいかめしい戦国武将が、ガッとまたがっているわけです。それが戦国時代では当たり前の当時の光景だったんです。
由結:ちなみに、そのほうが戦いやすいなど、なにか理由があるのですか。
宮下:サラブレッドはスピードはあるのですが、意外と持久力がなく、木曽馬は延々と、山を越えて遠くまで行けるわけです。持久力がありますね。
由結:すごい!そうだったのですね。この本物に寄せて作るという宮下さんのこだわりが随所にあるということですね。
『信虎』のこだわり―音
宮下:他には“音”にこだわりました。大体時代劇は、濡らした手ぬぐいを使ったりして、音を人工的に作るんですよ。今回うちの『信虎』では、本当の日本刀で肉を切ったり、カンカンって、刀と刀を合わせて本物の音を録音しました。もう、今までのと全然違います。少し乾いた高い音というか・・・ぜひ聞いていただきたいですね。
由結:これはもう百聞は一見に如かずということで、是非見ていただきたいですね。
宮下:はい。そうですね。
由結:ちなみに公開はいつからでしょうか。
宮下:11月を予定しております。それが武田信玄公の生誕500年の日にあたりますので、その日を目標に定めて、現在、営業活動をしております。
由結:とても、楽しみです。宮下さんは古田織部美術館の館長でもいらっしゃるということで、そのお話もお聞きしたいですね。盛りだくさんになりますが、まずこの美術館を作ろうと思ったきっかけを伺ってよろしいでしょうか。
古田織部美術館の館長・茶道織部流の代表者として
宮下:古田織部という利休の後継者になぜ関心を持ったかといいますと、やはり焼き物なんですよね。古田織部の焼き物、織部好みに心酔しまして…それが今から30年ぐらい前ですかね。
由結:そんなに早くから。
宮下:ええ。それでゆがんだ焼き物を収集したり、あとはお茶、茶道織部流はどのような点前をするのか関心を持って、ずっと日々追求、研究をしてきました。
由結:なるほど。織部流茶道の代表者として、なにか疑問を持ったことがおありだったそうですね。
宮下:古田織部というのは、天下一の茶人。利休が亡くなったあと、秀吉に指名されて茶人のナンバーワンになりました。秀吉が亡くなったあとは、二代将軍・徳川秀忠や幕府の閣僚にお茶を教えました。織部は将軍の師匠だったから、織部が「これいいでしょ」と言ったら「いいですね」と、みな答えざるを得ない。当時の人たちがゆがんだ焼き物をいいと思っていなくても、イマイチだなと感じていても、良い物と評価されるわけです。
由結:なるほど。そういうことなのですね。
宮下:そういう面白い背景がありまして、私は織部好みの焼き物が好きになり、好きが高じて茶道の道へ入っていきました。
由結:好きなものをとことん追求していった結果、今の宮下さんがあるということですね。
宮下:はい。古田織部の古文書、茶書が出版されていて、それを紐解くと、私が先生から教えてもらった内容とかなり違ってるんですよ。
由結:なるほど。そこで疑問を感じた、と。
宮下:そうですね。私が今から20年以上前、織部流の後、織部の弟子筋のさまざまな門を叩いて勉強しまして、いろいろと見えてきました。私がいまやっている茶道は、所作は先生から教えいただいたもの。手順については、桃山時代から江戸時代前期の織部流の古文書に、事細かに書かれているもの。それを再現させていただいて、今お教えさせていただいております。
由結:全体の相関図を見て、そこからまとめ上げる作業は大変だったのではないかと思いますが。いかがですか?
宮下:織部の点前が載っている茶書が20冊ほどあります。それを古い順に並べてエクセルで作りました。去年の10月頃に出版された『宗湛日記(見聞書)』には、織部ほか利休の点前が事細かく載っており、大発見です。
由結:そんな素敵な書籍があるのですね!
宮下:そうですね。来年が千利休の生誕の記念すべき年に、こういう発見がありましたので、本当に私もよかったなと、茶道研究家として考えているところです。
由結:素晴らしいですね、後世に残すための研究を身を挺してされたということですよね。なるほど。これはまた、次の方々にもこういった伝統ですとか、文化っていうのは伝えていかなければいけませんよね。宮下さんから、メッセージやお考えはございますか?
宮下:そうですね。こうしたコロナ禍で家にこもりきりという状況で、茶道をはじめとする伝統文化、伝統芸能の世界は非常に厳しいです。でも、本当に素晴らしいものですので、YouTubeでもいいので、ぜひ、のぞいてみてほしいなと思います。このままですと、もう絶えてしまうような流れですから。一人でも多くの方に関心を持っていただきたいと思います。
由結:そうですね。そういう意味でも、この古田織部美術館は本当に貴重な美術館だと思います。生徒さんや多くのファンの方いらっしゃると思いますが、今度また企画展がありますよね。どのような催しなのでしょうか。
宮下:今回は(2021年)6月までですが、「利休七哲」といいまして、7人の利休の弟子ですね。その展覧会をさせていただいてます。6月末からまた、変わるんですが、それが、「天下三宗匠」といいまして、堺の三人の茶人ですね。利休、津田宗及、今井宗久の三人。今、再放送で大河ドラマの『黄金の日日』をやってるんですよね。まさにその舞台ですね。
由結:そうなのですね!貴重な展覧会、楽しみです。それはまた古田織部美術館のホームページで見ることができますね。
最後に、茶道教室についてもお尋ねします。こちらも皆さんが本当に楽しみに通われているそうですが、現在はどのように活動なさってらっしゃいますか?
宮下:そうですね。現在、基本は京都でさせていただいてるんですが、一昨年から東京で開催させていただいておりまして、名古屋も昨年より開催しております。京都、東京、名古屋で3カ所です。
由結:そうなのですね!織部流はとても珍しく、なかなか触れる機会もなかったと思いますので、こうして広がっていくと貴重な機会が体験できますね。
宮下:そうですね。古田織部の最期が残念なことに切腹してお家が断絶してしまっているので、少数の流派です。遠州流や宗和流のように形を変えて残ってはいますが、本流は絶滅寸前にまでなってしまいました。本当に絶やさないように、何が何でも私が遺さないといけないなと考えております。
由結:宮下さんの素晴らしい理念と想いが深く伝わってまいりました。
この度はご出演いただきまして、本当に有難うございました。
映画『信虎』も是非ご覧いただき、茶道織部流にも触れていただければと思います。宮下さんの今後のご活躍を楽しみにしております。
宮下:こちらこそ有難うございました。
由結:有難うございます。
宮下玄覇さんのプロフィール |
実業家、編集者、研究家、茶人、脚本家、映画プロデューサー、映画監督。古田織部美術館館長。商社宮帯・宮帯出版社代表取締役社長。宮帯文庫長。織部流温知会・古田織部流茶湯研究会会長。月刊刀剣春秋新聞発行者。日本甲冑武具研究保存会評議員。 略歴 東京都・神奈川県出身。京都市在住。先祖は信濃国伊奈郡の郷士宮下帯刀で、伊東潤氏の小説『武田家滅亡』『天地雷動』(角川書店)に登場している。母方の先祖は木曾義仲四天王の今井兼平で、親族に今井登志喜がいる。 古美術品の鑑定を得意とするほか、マイナーな歴史・甲冑・茶道書を企画・出版して啓蒙活動を続け、これまで大徳寺や高台寺などで戦国武将茶人を追悼する「戦国武将追善茶会」などのイベントを主宰。安土桃山時代から江戸時代の茶書などを収蔵する宮帯文庫、2014年の古田織部400年遠忌を機に、京都に古田織部美術館を創設。また、荒廃していた鷹峯紅葉谷庭園を整備した。さらに2015年には、江戸時代前期に小堀遠州が造り、解体されてから140年間古材が眠っていた、日本一窓が多い茶室「擁翠亭」(十三窓席)を中村昌生氏を監修者として鷹峯太閤山荘内に復原した。同山荘において織部流茶道教室を開始。 同年8月より12月にかけて、古田織部没後400年を記念して、矢部良明氏の協力を得、巡回展 「利休を超えた織部とは -?」を、湯島天満宮宝物殿・熱田神宮宝物館・本能寺大寶殿宝物館において主催した。 2018年より公開された映画「嘘八百」と続編「嘘八百 京町ロワイヤル」の(二作品とも武正晴監督)古美術監修・茶道指導を務めた。 2019年に、こうふ開府500年・信玄公生誕500年・信玄公450年忌を記念した映画の製作をプロデューサーとして発表。タイトルは『信虎』(監督は金子修介)。共同監督を務め、脚本は自らが担当し、内容は武田信虎(信玄の父)と孫勝頼との確執、没後の武田家の行く末を描いた物語。2021年11月の公開が予定されている。 |