さかもと未明さん アーティスト「つらいときいつも貴方のそばに」
2019年7月4日放送
アーティスト さかもと未明さん(1)
2019年7月11日放送
アーティスト さかもと未明さん(2)
銀銀座ロイヤルサロン1週目
由結:さかもと未明さんで”La Magie de l’Amour”のアルバムの中から”バビロンの妖精”をお送り致しました(「さかもと未明 バビロンの妖精」で検索するとYou Tubeで見ることができます)。本日の素敵なゲストをご紹介致します。アーティストのさかもと未明さんです。
さかもと:どうもありがとうございます!
由結:素敵な歌声ですね!
さかもと:うれしいです、私、歌はうまいとは思わないんですが、声はみんなに良いねといわれていて。それで歌を始めました。この製作当時は歌を始めたばかりで右も左もわかりませんでしたが、jazzピアニストのクリヤ・マコトさんに凄く素敵なパッケージまとめて頂きまして。
私、実は2006年に膠原病という難病を発症しました。難病なのでそもそも治らないのですが、当時はずいぶん放っていたこともあって、あと五年くらいで寝たきりになるか命が尽きるといわれまして。
それまでずっと漫画家で生活してきたのですけど、まず、手が動かなくなって、それでだんだん歩くこともできなくなって。「どうしよう?」と思っていた時に思いついたのが”歌を歌うこと”だったんですね。それまで歌なんか歌ったことなくて、楽譜を読んだこともなかったのですけど、「こんな事情で歌いたいんだ」と周りに相談したら、こちらをプロデュースをしてくれた、ジャズピアニストで大変有名な「クリヤ・マコトさん」に紹介していただけて。それでドラムが「大坂昌彦さん」、ベースが「納浩一さん」と言う、ジャズファンならもうすぐにわかっちゃう、もの凄い豪華なバンドで歌わせていただいて。
由結:わー!錚々たるメンバーで。
さかもと:はい。そんなふうにこのファーストアルバム作って頂きまして。何というか人の愛は素晴らしいなとつくづく思いました。
由結:素晴らしい方々に囲まれて。
さかもと:はい。それでね、実は今第二弾を作っているんです。このまえ、いわゆるインストゥルメンタルの伴奏のトラックを丁度何曲分か収録してきたところなのですけれども、最初のアルバムの発表から5年ぐらい、私は体調を崩したり、またクリヤ先生も忙しいから歌入れが全然できなくて。
それがやっと最近お互い時間ができて、これから歌入れのレコーディング始まるのですけど。今回はさらに素晴らしいものができそうなので是非聞いて頂きたいです。
由結:楽しみですね!
さかもと:ありがとうございます!この間皆で集まった時、「2枚目が作れるとはあの時思ってなかったよね」と、「遺作のつもりだったよね」と言いながら話していたんです。
由結:えぇ。なるほど。ご病気になられて”余命宣告”されたわけですよね。
さかもと:はい。そうなんですよ。膠原病と言うのは30年くらい前は、なったらかなりの確率で死ぬと言われていた病気です。でも、ステロイドができて、
今は死ぬなんてことはまれで。でも、私の罹患が発見された時は長く
放っておいたので、かなり悪くなっていて。指とかも変形はするわ、血流が悪くて紫というか黒に近いくらいで。「これは壊疽で落ちる」と言われましてね。それで一応治療はするけど、完治することはできないし、全身性強皮症と言う、これまた命に関わる病気も持っていたので、「これが進んだ時どうにもできない」と言われまして。「大体5年後ぐらいを目処に動けなくなると言うことを想定して人生設計をたてなおしてください」と宣告されて、その時は凄く絶望しました。
由結:そうですよね。
さかもと:治療に関しては難病認定を受けまして。でも特殊な治療はちょっと金銭的に無理だから、いわゆる「公的治療の範囲で十分です」と。それでできることをやろうということで、、それで私は残りの5年の時間、自分が残された体の体力でできる表現でできることを。自分が今まで稼いだ貯金とかそういうものを全部使ってもいいから悔いのない作品を作ろうと思って。その一つがこのアルバムだったんですね。
由結:漫画を描くと言う活動をされていて、なのに手が動かなくなってきた。「じゃあどうしようか?」と言うところで、やはりそれでも表現したいと思われたんですね?
さかもと:そうなんですよ。ただ寝て治療を受けていると言うのは私には考えられなかったんですね。それで本当にちょっとでも手とか動けば、手の先に筆を括り付けてでも描いたのですけど、当時コップの水を持ち上げることもできない。着替えもできなくて介助に家に来て頂くような状況だったので、もう思いつくのは”歌”だけ。でも教育は受けたことない、経験はない。皆に「本当に一体どうするんだ?」と言われたのですけど、もうこっちは命がかかってますから、「とにかくやりたいからやってくれる人探してやるんだ!」と。もうその”鬼の一念”。
由結:その思いが通じたと言うことですね。
さかもと:はい。本当にそうなんですよ。それで今回はあろうことか、この間亡くなってしまったのですが「ミシェル・ルグランさん」と言う大変有名な作曲家のかたがいまして。彼の息子さんで「ベンジャミン・ルブランさん」と言う歌手のかたがいるのですが、彼とのデュエットソングもフランスで去年収録して、それもボーナストラックでつけてもらったんです。クリヤ先生のご厚意での出会いなんですが、、凄い贅沢でしょう!
由結:本当に豪華!素晴らしい!
さかもと:本当に不思議ですけど、一生懸命やってると神様はギフトくださるんだなーと。ミシェル・ルグランとその息子さんなんて、、本当に雲の上の方だとずっと思っていたので、、
由結:未明さんは”アーティスト”と言う言葉がぴったりだと思うのですけれども。
さかもと:嬉しい!
由結:”歌”だけではなくて、様々な表現をなさっていらっしゃいますよね。例えば、アート。これはやり始めてからどのぐらい経たれるのでしょうか?
さかもと:はい。私はベッドでずっと寝たきりの時期があり、このアルバムが、CDデビュー直後の2010年から作り始めて、2013年の後半じゃないと発表できなかったんですね。2011年ぐらいから今の夫と暮らして、2013年に私結婚式挙げてるんですけど、結婚式の直前までほとんど寝てるしかできなくて。さらにその後大変悪化しまして、ずいぶん強い薬の投薬も受けました。髪の毛も抜けちゃうし、本当に文字通り寝たきりで半年とか、、。たまに友達に会ってもフラフラで。でも、そんな私を勇気づけてくれる友達が何人もいたんですね。
それが、あろうことか、みんな2015年にがんで亡くなってしまいました。最初に私が病気になって、勇気づけてくれた友達はみんなそのあとから、、なのに、みんな私を追い越すようにして先に亡くなってしまいました。それもまとめて2015年に、、。
でもその後、不思議なのですけどちょっと手が動くようになったんですね。それで昔みたいにはちゃんと描けないけど、エッチングと言う銅板を腐食させる技術があって、その腐食の力を使えばそれなりの線が引けるのではないかと思って。銅版画を始めたいと思いあちこちに相談しました。
すると、ある歌手のかたが「私は芸大出身だから探せる」と言うことで探して連れて来てくれて。「重野克明先生」と言う先生なのですけど、これがまた素晴らしい先生で。今の日本の版画会では大変注目されている先生でした。その先生が、私の病気を知って、指導を引き受けて下さり、毎月水戸からわざわざ深夜バスとかで都内のほうに来て教えて帰って行くと言うことを。本当に幸せなことに、助けてもらって。
由結:素晴らしい方々に囲まれて。
さかもと:だからもう本当に2年ぐらいなんですけど、真剣にある程度やった時、これも銀座繋がりなんですが。あ、私が主人と会ったのも銀座なんです。銀座のクラブでバイトしてたことがあって。そのクラブの”由美ママ”と言う方に相談をしに行ったら、「未明ちゃんね、そんな頑張っているんだから、私 画廊さんを知ってるから、まず今からもう1年、自分ができる精一杯を描いてきてごらんなさい。そしたら私が画廊を紹介してあげる」と。
そして2016年に”吉井画廊さん”と言う銀座の老舗の大変有名なところにご紹介頂いて。もう面接のときは膝がくがくするくらい緊張していましたが、、、決まりまして2017年にこちらのところで立派な個展を開かせて頂きまして。
由結:ご活動の数々挙げていくときりがないのですけれども。他にもたくさん行なっていらっしゃいますよね?
さかもと:はい。もちろんです。この間終わったばかりなのですけ先日は名門のホテル椿山荘のギャラリーで個展をさせていただきました。最初の吉井画廊の展示のあと、油絵のほうも一生懸命やろうと思って、飛行機乗れるようになったので何回かパリに行ってスケッチをとってたんですね。そうして描き溜めたものと、他に屏風とかもやりたくなって、日本画も洋画も版画もと言う贅沢なものだったのですけど、おかげさまで大好評で。
でもこんなにできるようになったのと言うのは、とにかく2015年に亡くなったアーティストの友人たちに守ってもらっているからだと思っています。
このことは、、、多分言っても周りのかたお許し下さると思うのでお話ししますが、、私、女優の故・川島なお美ちゃんと仲良かったんです。私は2006年に膠原病になったんですけど、周りにはあまり言わなかったんです。でも、彼女には最初から話していて。彼女はことあるごとに勇気づけてくれました。2013年に自分のアルバムを出したあとも、凄く売れたと言うことでもなく、そんなに手も動かない。仕事は全然なくなった。彼女は、そのときも勇気づけてくれたのですけど、お食事をしながら「もう私死んじゃいたい」と私はぐずぐず弱音ばかりはいたんですね。そしたら凄い怒られて。
「そんなこと言って貴方ね、今のお医者様のご主人が結婚してくれて、何の不自由もなく応援してくれて、どうして頑張らないの?」と。「そんな頑張らないで文句言うんだったら離婚したらどうなのよ?」と「そしたら誰かが仕事をくれるわよ」と。
「あっ、離婚はしません」と、私は答えて。すると彼女は、「だったらご主人に感謝しながら愛をこめて絵を描かないと。私のことも描いてくれるんだったらモデルやるわよ」と言って。あんな有名な女優さんなのに、私の家に来てくれたりして、モデルをしたりしてくれたんです。
私、先日の椿山荘の個展で自分のヒストリー展もやったのですけど、なお美さんが勇気づけてくれたのを思い出して、今回までに描き溜めた二十何冊スケッチブックがあるのですけど、「二冊目か三冊目かな?」と思って、彼女を最初に描いたスケッチを取り出そうと思ったんです。そうしたらら”№.1”だったんですよ。私が本当に描き始めの「でもそんなプロの画家になんか、いまさらなれないし」とグズグズ言ってた最初の時に「絶対にプロになれるから、私はいくらでもモデルでもなんでもやるから描きなさい」と言ってくれたのがなお美さん。
由結:わー!何か絆を凄く感じます。
さかもと:ところが彼女がご存知の通り亡くなってしまって、最後の最後まで彼女は何も言わずに。でもモデルは本当にずっとやってくれて。それで写真も撮らせてくれたから、私の写真で遺影になったのですけど、、。最期まできれいでしたよ。そして不思議なんですけど、彼女が亡くなったあと、私随分体が動くようになって、、、、天国から、助けてくれてると思いました。やっぱり”彼女の死を無駄にしたくない”と言う思いがあったからだと思います。最初のころは、身体とか痛いし、思い通り動かないけど歯を食いしばって、時には涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら描いてました。
しかも、その年に亡くなったのは彼女だけではないんです。同じアーティストの友達が次々と亡くなってしまいました。もう一人は「羊毛とお花」のユニットで有名だった千葉はなさん。もう一人はHISAKO TAKAYAMAというウェディング・ドレス・メーカーのデザイナーの高山尚子(たかやまひさこ)さん。皆が支えてくれていると思っているんです。彼女たちはまだやりたいことがあったのに死ななくてはならなかった。その悲しみに比べたら、私のつらさなんてなんでもないって思えたんですね。
「彼女達のぶんも何かやれたらな」と真剣に、今でも思っています。だから、私はただお金をもらって描く職業作家ではなく、アーティストになりたかったんです。注文ではなくて、「「これを描かないと死ねない」というものを作ったり描いたり歌ったりして、それを見てほしいと思ったんです。短いかもしれない余生なのと、、友達に対する責任があるので、生活のための表現にしたくなかった。でもずっとメディアでやって来ていますからね。もちろんプロとしてメディアで通用する作品でありたいと思っています、自己満足では終わらないぞと。
でもこんな短い時間に皆さんに「アーティストだね」と言ってもらえるようになったのは、本当にさっきから申し上げている色んな友達のおかげです。
由結:そうですね。メッセージ性がすごく感じられる作品ですね。
さかもと:ありがとうございます。私の場合はとにかく始めたのが全て遅いので、技術的に褒められるとか、何か賞をとるとか全然考えていなくて。でも拙くてもいいから”想い”だけはもう世界標準で”誰かの心にガンッと響く表現をしたいです。「未明の表現と出会って、生き方が変わった」と言われるような、そういう表現をしたいと思っているんですね。それを感じて頂けたらそれ以上の幸せはない。
由結:素敵ですね。さかもと未明さんには来週もご登場頂けると言うことなのですが、それでは今週の締めと言うことで、リスナーの皆様にメッセージを頂けますでしょうか?
さかもと:誰にでもつらいときってあると思うんですが、そういう辛い時に思い出してくださったらと。困難の中にいる方に寄り添う表現をしたいと思っています。
(こちら以後二つはすでにおわっていますが)
近いところではですね、まず7月13日千葉の”NIGO(ニゴ)”と言う”人を繋げるふるさと空間”と言う”カフェトレーニングパークギャラリー”ところがオープンしまして、そちらのビアガーデンで6月1日にオープンですけど、7月13日土曜日の夕方から1時間歌わせて頂きます。それから8月17日には”すみだジャズフェスティバル”で、錦糸町の東武ホテルのラウンジで5時から歌わせて頂きます。是非お越しください!
由結:はい。これは両方とも歌と言うことでね。
さかもと:はい、歌です。
由結:はい。未明さんの素敵な声が聞くことができます。
さかもと:ありがとうございます。是非お待ちしております。
由結:是非チェックなさってみてください。それでは来週も是非よろしくお願い致します。
さかもと:ありがとうございました。
銀座ロイヤルサロン2週目
由結: さぁお聴き頂いておりますのは、さかもと未明さん、アルバム”La Magie de l’Amour”の中から”おいしい水”でした(「さかもと未明 おいしい水」で検索するとYou Tubeで見ることができます)。さぁそれでは本日の素敵なゲストをご紹介致します。アーティストのさかもと未明さんです。よろしくお願い致します。
さかもと:よろしくお願いします。
由結:とっても有名な曲なのですが、独特に聞こえますね。どのようにしてお作りになられているのですか?
さかもと:ありがとうございます。これもやっぱりクリヤ・マユトさんが素敵なアレンジをしてくれたのですけど、トークの部分を少し自分で書き足しました。
元々ピエール・バルーの素晴らしい詞がついているのですが、合間にちょっと補完するワードを追加で新しく入れたかったんです。なので自分でオリジナルのフランス語の詩を作ってそれでちゃんともちろんJASRACと権利者に許可を取ってちょっとつけたと言う感じです。もちろんランス人の友達、、この時はマリー・渚・ヴ―ブィエさんに助けてもらって書きました。
由結:他にも有名な曲が沢山入っていて同じようにアレンジがされていると言うことですよね。
さかもと:はい。
由結:先週もお話にあったのですけども、未明さんの周囲の方は素晴らしい方々ばかりで。様々な活動に協力してくださったと言うことなのですが、人とお付き合いする時の何か秘訣はありますか?
さかもと:秘訣なくて。私凄い下手なんですよ、人付き合い。馬鹿正直なのでトラブルもありますし、いっぱい引き受けすぎちゃって自分がパンクしちゃうこともあるし。でもそれで上手くいくかどうかは別として、私は”まごころ”しかないと思っています。あと凄く簡単だけど案外皆ができないことがあって、それは”約束を守ること”。
由結:約束を守る!
さかもと:結構、大人の世界って、わかれぎわに「今度ね」とか「今度飲もうね」とか「できたら行くわ」とか言うじゃないですか?
「できたら行くわ」と言われるとこっちは、「来ないかもだけど、きた場合どうしよう?」とか凄い考えて待つじゃないですか。それは99パーセント「いかねーよ」と言う意味だとやっと最近わかったのですけど。でも「行けない」んだったら「行けない」と言ってあげないと、主催する方は一応席を用意する訳で。その人に空けておくべきか、万一空席ならどうって埋めたらいいのか、困っちゃうし、どうしたらいいか、わかりませんよね。
いい加減な社交辞令を言うと、相手は困るし、あと「そのうちね」とか「今度飲もうね」も同じで。「「今度」と「鬼」には会ったことがない」とかなんとか言いますけど、「今度ね」じゃなくてやる気があったら「じゃあいつ飲もうか?」になるわけですよ。
由結:確かに。
さかもと:だからそういう小さなことをきちんと積み重ねていくこと。でも世間では「行けたら行くわ」とか言っておいて、直前に、やっぱり「海外出張が入って」とかと言ってくる人もいるじゃないですか。大体「嘘だな」とか、正直心の中では思ったりしますけど、笑って「残念」って答えて。でも悲しいですよね。だからそういうことは、自分は人にしないようにしてます。
由結:”当たり前のことを当たり前に積み重ねていく”と言うことですね。さかもと未明さんは本当に沢山の活動なさっていらっしゃるのですけれども、バチカンで歌われたそうですね!どういったきっかけだったのですか。
さかもと:はい。私は、歌を歌い始めて何年もたっていないのにバチカンで、しかもオーケストラとベルカントで歌わせていただきました。普通だったらありえないことなんですけども。元々由結先生をご紹介くださったのが”オペラ歌手の藤原歌劇団の薮田瑞穂さん”。彼女は13年前、2006年に膠原病になって、体が悪くて声も出なくなっていたときからの知り合いなんですね。その時「声が出ないので、一度でいいから見てください」と相談したら一回きりの約束のレッスンをずっと続けてくれて友達になってくれた方。優しいんです。。
その彼女の知り合いで榛葉昌寛さんというテノール歌手の方がいるんですね。私は、自分の命が尽きるかもしれないと思ったときに、なにか人の役に立って死にたいと思って、拉致問題の被害者の救済と帰国を祈る歌を作っていたんです。私が作詞して、友人のピアニストの遠藤征志さんに曲を作ってもらって。
それというのも、私が病気で困っていたときに、拉致被害者家族の横田滋・早紀江ご夫妻にものすごくよくしていただいたんです。結婚式の仲人というか、親代わりまでしていただきまして。
それで、ただ作るだけでなく、本当に世界に伝え、解決を訴えるにはどうしたらいいか考えていたとき、「バチカンで歌ったら話題になるのでは」とふと思ったんです。それを考えていたときに薮田さんといったパーティーで、たまたま榛葉さんが歌っていらして。薮田さんが「あ、私は榛葉さんを知っています。彼はバチカンで歌ったりされているんです」と言われて。私はもう夢中で「紹介して」と。
それが始まりでご縁がつながって、なんと2018年の三月、バチカンに属するローマの大聖堂SANTA MARIA MAGGIOREで、ロッシーニOrchestraの演奏で、歌わせていただくことができました。本当に、皆さんの善意の輪が広がってできたことなんです、、。
由結:そうでしたか!
さかもと:だた、最近ご存知のようにお父さんがだいぶ具合が悪くなってしまったんです。2年前は「まだ間に合うかな?」だから「2018年のうちに解決すればまだ歩けるうちに会えるんじゃないか」と。私はだからそのタイミングで本当に一気に世論を盛り上げたくて。準備したんですね。病気で動けなかった時から、世界に訴える為にはまず色んな国の言葉への訳が必要だと思って、記事とか歌詞とか色んなものを全部英訳だけじゃなくて、韓国語・フランス語・イタリア語、色んな言語に翻訳することを友達とやってました。
拉致の解決を皆で臨んで進めようと。そのひとつがこの「青い伝説」という曲をつくることでした。
由結:動画にもなったとか?
さかもと:そうなんです。是非ご覧頂きたいのですけど。Webで”さかもと未明 動画 バチカン”みたいなキーワードで入れて頂くとまず出てきます。あるいは”さかもと未明のオフィシャルサイト”から動画とかブログからいくらでも入れますので、是非ご覧頂いて、英文で”拉致の概要”と「皆さんこの歌を世界でシェアして解決するように祈ってください」とコメントがあるので、是非お友達と本当にシェアして頂きたいんですよ。
由結:いいですね。”言葉”と言うものも大事ですし、“映像”は人々に与える影響力大きいですよね。
さかもと:そうなんです。それであと音楽も言語を越えてメロディーの美しさと言うのは体で感じるじゃないですか。今回はですね、この曲を作りたいと言ったらジャズピアニストの「遠藤征志さん」と言う、こちらは私がいつも銀座のBARBRAとかで一緒に弾いているかたなのですが、去年「文化褒章」もお取りになって、今源氏物語をピアノにして世界に伝えると言うお仕事をされているかたです。その方が作曲、私が作詞をさせていただいて。それでオーケストレーションはなんとですね「紫綬褒章」もお取りになった「三枝成彰先生」。NHKの大河ドラマとかをずっとやっていらした大先生です。その先生がまさかの無償で引き受けてくださって、本当にお優しい先生です。
由結:本当に素晴らしいですね。多くの方がさかもと未明さんのこの活動に皆さん共感なさっているのでしょうね。
さかもと:と言うか、拉致被害者の皆さんがご存命中に家族で会えると言うことは、日本人の悲願だと思うのですね。だから皆さん助けてくださったと思います。改めてお礼を申し上げるとともに、本当に時間がありませんので、皆さんにもぜひこの件について是非ご協力いただきたいです。皆で解決しましょう!
由結:そうですね。是非皆さんも動画チェックなさってみてください。
さかもと:お願い致します。
由結:それから、実は未明さんは”難病認定”であると、前回は”膠原病”のお話をしてくださったのですけれども、もう一つ”発達障害”と言うご病気でいらっしゃるそうですね?
さかもと:はい、そうなんです。
由結:これはどのような症状なのでしょうか?
さかもと:はい。心の問題なのですけど、心と言うか脳の障害なのですけれども、芸術家には実は多いんですけども。興味の対象が限定されたり、能力のばらつきが大きいという特徴があります。自閉症スペクトラムの一つと言われているのですが、一般的な人と比べて、脳の発達がアンバランスなことからこういわれるみたいです。
私は「アスペルガー症候群」と言うその中でも結構特殊なものがあると診断されました。それから「ADHD(注意欠陥障害)」もあります。
ほかにもいわゆる学習障害といわれる「LD」とかいろいろあります。発達障害の中でも学力の問題のない子もいれぱ、ちょっと勉強も苦手な子もいて。でも小学校の時文字が読めなかったけど、もの凄くそのあと頑張って文章を書いたり、俳優さんになって長いセリフを覚えたりと言う人いっぱいいるんですよ。だからちょっと不器用だけど何かパーンと好きなことにハマると凄い能力が伸びる。そういう、個性の傾向だと思っていただければ。「障害」というと悪いことのように感じて落ち込んでしまわれるご本人や親御さんも多いんですが、才能が伸びるフィールド゛に行くとすごいので、その子にあった教育をしてあげられるよう、社会の認知が進んでほしいです、
実は、発達障害の方たちって、普通の教育だと、その個性が伸びにくいといわれています。さっきも申し上げたように「自閉症」の一種とされていて、コミュニケーションが苦手なので、学校でいじめられやすかったり、運動が苦手なので、体育とかが嫌で不登校とかになりやすいんですよ。実は私も御多分に洩れず不登校だったし、それで運動もできなくていじめられっ子で学校大嫌いだったんですね。就職も一回したんですけれども、すぐクビになりました。私何で音楽急にやってできたかと言うと”聴覚過敏”と言う障害もあるんですけど、耳がもの凄くいいみたいなんですよ。だから一回就職した時、会社中のフロア中のOA機器の音が全部入ってきちゃうんです。辛くてオフィスにいられなくて、逃げ帰ってました。それでクビ。
由結:そんなにですか!
さかもと:私、人が聞こえない音もかなり聞こえるんですよ。マンションの下に佐川急便が着て今廊下の角曲がったとか、そういう。みんなにはわからないうちからインターホンや玄関に向かっちゃうので、「なんでわかるんですか?」と不思議がられたり。だから会社にいるのが凄く辛かったし、あと昔から遊園地とか人混み、海水浴場とか行くといつも具合悪くなって吐いて倒れちゃって。私修学旅行でも遠足でも最後までいたことは昔から一回もない。雑音、駄目なんですよ。
由結:それはつらいですね…。
さかもと:だからそういうふうな症状があって、集団生活とか学校に行きにくいお子さんは実はいっぱいいる。それで気がつかないで大人になっちゃったかたもいるのですけど。これはきちんと自分で自覚して、自分に合った仕事を選んだり生き方を見直すと行きやすくなりますし、小さいお子さんに関しては、親御さんが早く気づいて、良い教育を選ぶと凄い才能が伸ばせるので、音楽や調理や調香とか、絵とかデザイン、設計、プログラマ―とか、、向いてるんです。是非そういう方達にインフォメーションを与える仕事もしたいなと思ってます。
由結:リスナーの皆さんももしかしたら思い当たる方がいるかもしれません。
さかもと:今凄い話題になっているんですよ。それに昔に比べて増えています。昔は周りが田んぼしかなくて大家族で暮らして教育も厳しいし、お酒や刺激のあるものも高価だったリそもそもなかったのて゜、あまりはみ出すこともなかったんでしょうけど、今は個室もあり、ゲームだの薬物だの携帯やネットもそうですね、依存しやすい誘惑がいくらでもあるので、悪化したりそういう傾向になり易いみたいです、
だから、学校で立ち歩きがひどいとか、急に学校に行かなくなった、友達と遊んでいて急に癇癪を起こして「わー!」と物を壊しちゃったりとか。もしお子さんがそんな感じだったら、ちょっと一回そういう可能性もあるということで、、、悪いことじゃないんですよ。その子がハッピーな将来になる為、そういうものがあるか、ないか、児童精神科にいって検査してもらえたらいいと思います。
発達障害がなければじゃあ教育でなんとかなるかということですし、検査して「やはり発達障害だったね」と言うことであれば、まず投薬が必要なんですね。なぜかと言うと、脳の中で普通の人が分泌する当たり前のド―パミンと言うものがあんまり出てないんですよ。だから落ち着きがなかったり、無気力になりやすい。セロトニンとかドーパミンとか。そういうものをちょっと薬で補給してあげると落ち着いて勉強もできるし、暗い気持ちがなくなって明るく友達とコミュニケーションできるので。薬を怖がらず正しい治療を受けてほしい。
さらにその子に会った教育のカリキュラムを見つけてあげてほしいです。大人たちのちょっとした気遣いや、意識の改革、情報の理解と共有で変えていけることなので、ぜひこのことについては知っていただきたいです。そのことによって、社会からこぼれていく子供を救えます。どんなタイプのお子さんにも、ハッピーな未来をひらいてほしいです。。
由結:そうですね!勇気をもらうかたも沢山いらっしゃると思いますので、是非こういった発信を続けて頂けたらと思います。
さかもと:一緒に手伝ってください!
由結:はい、是非!リスナーの皆様もチェックなさってみてください。
さかもと:お願い致します。
由結:よろしくお願い致します。それから、告知をお願いします。
さかもと:じゃあ先週も申しましたけど、13日、千葉のですね”NIGO(ニゴ)”と言う”カフェトレーニングパークギャラリー”で夕方からビアガーデンのほうで1時間コンサート。それから8月17日、”すみだストリートジャズフェスティバル”の一環として錦糸町の東武ホテルラウンジにて夕方5時から50分間のショーを予定しております。入場は無料。ドリンクのみかかりますので、是非皆さんふるってご参加くださいませ。
由結:はい、是非皆様チェックをなさってみてください。さぁそれでは2週にわたってご登場頂いたのですけれども、本当に楽しかったです。
さかもと:いや、私こそです。
由結:ありがとうございます。
さかもと:ありがとうございます。
由結:最後に一言、リスナーの皆さんにメッセージ頂いてもよろしいでしょうか?
さかもと:はい。障害とかトラブルは絶対自分の人生を良くする為のチャンスだから。負けないで!ピンチはチャンス! 一緒に頑張りましょう!
由結:ありがとうございます。素敵なメッセージを頂きました。それではまた是非スタジオに遊びにいらしてください。
さかもと:はい。是非お願いします。今日は本当にありがとうございました。
由結:ありがとうございました。
プロフィール |
1989年漫画家デビュー。女性らしい独特の官能表現が話題となり、たちまち売れっ子に。その後エッセイスト、ルポライター、コメンテイター、タレントなど幅広く活躍を広げるが、2006年に難病である膠原病を発症。一時期は余命宣告をされるほどに悪化、2010年から2016年はほとんどの活動を休止した。しかし、手が動かない中、歌手活動を開始。2009年ランプリング・レコードより「人生~inochi~」でCDデビュー。2013年、jazz pianistクリヤ・マコト氏のプロデュースで「La magie de l’amour」(24JAZZ JAPAN)をリリース。その後体調悪化で長期入院するも、その間に版画ト油絵をはじめ、2017年に銀座の名門画廊、吉井画廊で画家デビューした。同年「奥様は発達障害」(講談社)を刊行。好評を博する。また、2018年には拉致被害者の帰国を祈り、バチカン市国に属する聖マリア・マッジョーレ大聖堂で、ロッシーニOrchestraの演奏で、遠藤征志・作曲/さかもと未明・作詞の「青い伝説」を歌唱。その縁もあり、2019年には「ローマ法王の言葉」(講談社)の編纂に関わり、講談社のオフィシャル・カメラマンとして、法王フランシスコの撮影に挑んだ。カメラマンとしては、2018年に乃木会館の広告でコマーシャル目カメラマンとしてもデビ―している。 |
新着情報【さかもと未明さんが、“日仏合同WEB CONCERT”を主催しました】
コロナで未曽有のロックダウンを経験した世界。今、フランスはとりあえず部分的に解除となり
日常を取り戻し始めましたが、まだ日常が戻るのはいつかわかりません。
そんな中、漫画家でアーティストのさかもと未明さんが日仏のアーティストに呼びかけ、共同で音
楽やメッセージを届けるコンサート番組をインターネットで配信。
さかもとさんは「患者さんや医療従事者にエールを送り、STAY HOMEを前向きに楽しめるよう、音
楽で緊張の続く皆さんの心を和らげたい。家にいても、インターネットなどで心は繋がれるというこ
とを知ってもらえたら、このSTAYHOMEも苦しくなくなるはずです」と語りました。
番組では、パリ・モンマルトルの老舗キャバレー「ラパン・アジル」主人のイヴ・マチュー氏や息子のフレデリク・トーマス氏、「シェルブールの雨傘」で知られる作曲家、10月に来日予定のミシェル・ルグランの息子で歌手のバンジャマン・ルグラン氏ら名だたるアーティストが、日本に向けてメッセージや演奏を披露。日本からはさかもと未明さんのほか、ジャズピアニストの遠藤征志氏、ソプラノ歌手 辰巳真理恵氏、マジシャンのマメ山田氏他、豪華メンバーが参加します。
日本の童謡「さくらさくら」や仏シャンソンの名曲「さくらんぼの実る頃」などの楽曲を、応援メッセージをはさみながら2回の番組に編集。STAY HOME を守るため、各人の動画は家などで個別に撮影し、デュオはソーシャルディスタンスを守り、最後の編集と紹介のナレ―ションは、2人のナレーターおよび翻訳者の三人がZOOMを使って行います。フランス語と日本語の両方で楽しんでいただけます。
2020年5月20日(水)、5月27日(水)、午後7時にアップロード予定です。さかもと未明さんはじめ、世の中をより良くしたいと願うすべての皆様の想いが届きますように…!
【出演者】
フランス ラパンアジルの当主 Yyes Mathieu
息子 Frédéric Thomas
日本在住 Philppe Machat と、日本人の妻YUKARI
特別ゲストBenjamin Legrand(Michel Legrandの息子)
《日本》
人気ジャズピアニスト 遠藤征志
ボーカリスト 麻見和也
タレント、占い師、歌手 ムンロ王子
ソプラノ歌手 辰己真理恵
テノール 稲井英人
和洋女子大学副学長 金子健彦
マジック出演 マメ山田
歌 ナレーター さかもと未明
ナレーター MX2 経済キャスター 清水昭男
ピアニスト 河合良一
トランペット 山崎千尋
翻訳 GREGORY FLEUROT
バンドネオン IMOYO
ジャズシンガー TOMOMI
耳に障害があるが手話で参加 SAYUMI
特別ゲスト(スチルビデオ出演)
チェリスト 渡部玄一(渡部昇一さんの息子さん)
女優タンゴダンサー 夏美れい
(ほかにも多数一般の方が参加)