大塚清一郎さん 元外務省・元駐スウェーデン大使「日々の暮らしの中に”笑い”と”ユーモア”を」
2018年2月22日(木)放送 元外務省・元駐スウェーデン大使 大塚清一郎さん(1) |
2018年3月1日放送 元外務省・元駐スウェーデン大使 大塚清一郎さん(2) |
由結:エッセイスト・元外交官 大塚清一郎先生です。宜しくお願い致します。
大塚:宜しくお願い致します。
由結:まず、先生のご経歴をご紹介したいと思います。1942年、東京都生まれ。高校時代にAFS留学生として、米国ミネソタ州の高校で勉学。その後、外交官を志し、66年、一橋大学卒業後、外務省に入省。外務省では文化交流部長、初代エディンバラ総領事、ニューヨーク総領事、そしてハーバード大学客員研究員、駐スリランカ大使、駐スウェーデン大使等を歴任。2008年退官。現在、ワールド・フライフィッシング・オブ・ジャパン名誉会長。そしてご著書には『キルトをはいた外交官』があります。
素晴らしいご経歴の先生ですが、今日はそんな大塚先生に、日々の暮らしの中で、笑いとユーモアがとても大事だという話を伺っていきたいと思っております。宜しくお願い致します。
大塚:有難うございます。日々の暮らしの中での、笑いとユーモア・・・由結さんと今日お目にかかってお話しさせて頂きながら、由結さんご自身も、笑いとユーモアのよくわかる方のようですし、しかもそれをご自分の暮らしの中で実践しておられるんじゃないかなという風に思えますね。
由結:有難うございます。
大塚:今日はもう、何度かお笑いになりましたか?
由結:そうですね、今日は朝起きてから、友人と食事しながら笑い、その後先生とお会いして、打ち合わせの最中に何度も笑いました。有難うございます。
大塚:そうですか。最近巷で流行っております、面白いなぞなぞなんかがありましてね、私、これを覚えて、人にご紹介しているのですが、“18歳と81歳の違いは何か“という面白いなぞなぞなんですけれども。
由結:18歳と81歳ですね?
大塚:はい、そうです。それで、18歳の若者は、高速道路で若気の至りで暴走する、そこから始まるんですけれどもね。じゃあ81歳はどうかというと、逆走するという、そこでちょっとまずお笑い頂いて、その次にですね、“18歳の若者は、恋に溺れる。81歳は風呂で溺れる“、良くあることかもしれませんけども。
それから、もう一つありましたよ。そう、18歳の若者は、これから自分探しの旅に出る。81歳は家を出たまま帰るところがわからなくなって、うろうろして家を探している。それが81歳。あまりこれ、大きな声じゃ言えないことなんですけどね、最近高齢者の方々、色々厳しい暮らしをしておられますから、あまり高齢者の方をおちょくるようなことは、本当は言ってはいけないと思うんです。私に言わせますとね、私も実は、去年75歳になりましたから、れっきとした後期高齢者ですけれども、自分がだんだん歳をとって、老年になればなるほど、笑いとユーモアで、自分の老いを、笑いで吹き飛ばすくらいのね、それを心がけたらいいんじゃないかと思って、自分自身はそんな風にして暮らしているんです。
ですから、さっきの“18歳と81歳の違いは何?“というのも、”18歳の若者は東京オリンピックにどうしても出てみたい、という事で頑張ってる。81歳のご老人は、東京オリンピックまでどうしても生きていたい。”ということで頑張ってるというのが最後のオチになってるんですけどね、いかがでしょう?
由結:なるほど、いや、オチも素晴らしいですね。しかも先生のお口から出てくると、ぽろっと笑いが出てしまいますね。
大塚:他にも最近やっておりますのは、“知的な外国語講座“というのがありましてね、昔これは、知的なフランス語講座から始まっているんです。これはですね、フランス語で『コンビニエンス・ストア』をフランス語で何と言いますか。それから始まるんですね。答えも、少し鼻にかかって、『セボン、イレボン』、要するにセブンイレブンのことなんですけれどね、これをフランス語風に発音すると、『セボン、イレボン』となって、結構笑えちゃうんですよね。
由結:そうですね、しかも知的ですよね。
大塚:んー、『やまいだれ』の方の痴的かもしれませんけれどもね。結構面白いんですよね。もう一つありましてね、「凶悪犯人、これはフランス語では何というか?」
由結:なんと言うんでしょう?
大塚:『ゼンカジュッパーン』。前科十犯ならこれはもう凶悪犯。
それから、今韓国で平昌オリンピックやってますね。最近韓国へお行きになったことありますか?
由結:いえ、無いですね。
大塚:無いですか。でも、お隣の国の言葉、ハングル、一言二言はお出来になるでしょう?
例えばハングルで、「ありがとう」これは何と言いますか?
由結:何でしたっけ?
大塚:「カムサハムニダ」って言います。そこで質問。『ハムサンドイッチはハングルで何と言いますか?』
由結:なんでしょう?
大塚:答え、『パンニハムハサムニダ』。パンにハム挟むニダですから、これはもう間違いなく、ハムサンドになるんですけれど、これは韓国でやっても絶対に通じませんよ?
由結:そうですね。注意書きがちゃんとあるという事ですね。
大塚:それからですね、もう一つ、今のは人から聞いて覚えたものですけれども、私自分で作ったのは、『ゴルフのダブルボギー、これをハングルで何と言うか?』。
由結:なんと言うんでしょう?
大塚:答え、『パープラスニダ』。パーに+2ですから、これはダブルボギー。
由結:素晴らしいですね、先生がお作りになったんですね?
大塚:それからもう一つ作りました。『切れ味のいい鋏。これをハングルで何と言うか?』。
由結:はい。
大塚:『ヨングチョンギレルハサミダ』。こう、ハングルっぽい発音の言葉ってあるんですよね。はじめ私作った時に、『ヨクキレルハサミダ』って言ってたんです。そしたら私の外務省の友人で、ハングルの専門家がですね、「大塚さん、それは発音がまずいよ。ハングルにそんな発音はないから、ヨングチョンギレルにしなさい。ヨングチョンギレル、その方がハングルっぽく聞こえる。」そう言うんですね。
由結:確かにそういう風に聞こえますね。
大塚:そうですか。そういう風にして、新しいの作っていくんです。中国語もあるんです、最近は。中国語、『1、2、3、4、5、6、7、8』と数えられますか?
由結:はい、一応。
大塚:ちょっとやってください。
由結:イー、アー、サン、スー、ウー、リュウ、チー、バー。
大塚:良い発音ですね。そこで質問。『夏場になると良く飛んでくる蚊、これを中国語で何と言うか?』。
由結:??
大塚:答えいいですか?『チースウ』。
チースウですから、発音がですね、中国語はご存じのとおり、一声から四声までありまして、例えば『チー』ですと、『チー、チー、チー、チー』こう四声ありますけれども、モスキートは二声の尻上がりで発音すると良いですね。『チースウ』と、こういう風に発音すると、それっぽく聞こえます。
由結:なるほど、コツがあるんですね。
大塚:そこが大事ですね。それから中国からずっと南の方に行って、東南アジアのミャンマーのあたりに行くと発音がひっくり返るそうですよ。
由結:そうなんですか?
大塚:『チースウ』ではなくて、『スーチイ』。そこで由結さんは笑っておられますけれど、そこでお笑いになれる方は、知的レベルの高い方。東南アジアの情勢にもちょっと通じておられて、アウンサン・スーチーさんが活躍しておられるという事もちゃんとわかっておられるということです。
由結:よかったです、ほっとしました(笑)。なるほど、先生のお話はオチが何通りもあるんですね。
大塚:そうですね。そういうのをご自分でお作りになると、由結さんこれから暮らしが益々楽しくなりますよ。
由結:なるほど、それを教えて頂きたかったです、ユーモアのコツ。
大塚:やっぱりアンテナをいつも鋭く張ってですね、人の話で自分が笑った、私なんてすぐ手帳にメモしますね。これはもう少し工夫するともっと良い笑いになるんじゃないかとかね。
由結:なるほど、もうひとひねりしたら更に良くなるという事。
大塚:それから、ふっと閃いて、これは何か使えそうだというのが時々あるわけです。そういうのを手帳に書いてメモしておくと、ある日ぱっと、さっきの18歳と81歳の話ですと、例えばね、“18歳の若者は、時々若気の至りで羽目を外す。81歳は入れ歯を外す“とかちょっと閃いた時に書いて、これをこうすると何かできそうだなっていうのを書き留めておく。
由結:そういう事なんですね。そのままにしないということですね。なるほど、やはりユーモアの達人の方って、天性のものがおありなのかなって思っていたんですけれども、入念なる準備もなさっているんですね。
大塚:準備も大事ですし、やっぱりある程度閃きっていうのも必要なのかもしれませんけれども。
由結:なるほど。日本人ってとかく働き蜂だとか、堅苦しいとかいう風な印象を持たれがちだと、先生も世界でお感じになったことをご本に書かれてましたけれども、そのあたりって改善されてきているんでしょうか?
大塚:それは段々に改善されてきているんじゃないでしょうかね?だって日本には昔から笑いの伝統っていうのが、落語の世界から、その他川柳、狂歌、綿々と続いてきているわけですから。働き蜂という意味では、本当に真面目に働きますから、その笑いの文化が、ふっとすぐには出てこないかもしれませんけれども、赤提灯で一杯やれば途端にキャラが変わる。これがやっぱり日本人の特性かも知れませんね。真面目な働き蜂ですから。
由結:そうですね。それが一概に悪いという事ではないので、そこを上手く融合していけばいいんじゃないかなと思います。では先生、本当にお話が尽きないんですが、お時間が参りましたので、先生には来週も出て頂けるという事ですので、是非お待ちしております。
では、最後にリスナーの方に向けて一言メッセージ頂けますか?
大塚:そうですね、やはり先ほどから申し上げている、笑いとユーモア、そしてもう一つ付け加えると、歌でしょうか。
由結:なるほど、歌というキーワードが出てきました。
大塚:これも大事なことだと思います。
由結:わかりました。それでは、来週は“歌“についてもお話頂きたいと思います。先生どうも有難うございました。
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由結:大塚先生は2週目のご登場なんですけれども、まずちょっとご本をご紹介したいと思います。大塚先生は『キルトをはいた外交官』というご本を出していらっしゃるんですが、この挿絵なんですけれども、先生、ちょっと変わった衣装をお召しになっているんですが、ご説明して頂けますか?
大塚:はい、その衣装はバグパイプという楽器を吹く際に着用致します、スコットランドの男性の民族衣装の正装になりますが、キルトという民族衣装ですね。ですから、スカートの様なものを穿いていますが、これは『キルト』です。吹いている楽器が『バグパイプ』という、これはスコットランドだけではなく、今は世界中で吹かれている楽器ですけれども、元々はローマ軍がイングランドを侵略した際に持ち込んだ、バグパイプの原型となるバッグと1本のパイプですね。その楽器がスコットランドに残されて、スコットランドの人達は、それをさらに大きな音が出るようにするために、ベースの音菅とテナーの音菅をもう1本ずつ付け加えて、大きな音が出るようにしたのが、この『スコティッシュ・ハイランド・バグパイプ』という楽器ですね。
由結:なるほど、バグパイプにも色々ありますけれども、『スコティッシュ・ハイランド・バグパイプ』が一番演奏にも技術が要ると言われているバグパイプなんですね。
大塚:そうですね、私昔スコットランドのエジンバラというところに2年ほど住んだことがあるんですけれども、その時にエジンバラ城の近くを散歩していましたら、遠くからバグパイプの音色が聞こえてきたんですね。ちょうど夕日が沈む頃合いでしたけれど、老人のバグパイパーが、エジンバラ城の城壁の上に上がって、夕日に向かってバグパイプを吹いているんですね。その音色が、今から思い出しますと、どうも『アメージング・グレイス』という曲だったような気がするんですけれども、それを聞いているうちにですね、ぐーっと胸に来るものがありましてね、この楽器はぜひ自分で勉強して吹けるようになりたい、そう思ったんですよ。
由結:胸にぐーっときた、と。
大塚:もう本当に涙が出るぐらいぐーっと来ましたね。今でもよく覚えています。
そこで先生を探して、1週間に一遍家に来てもらうようにして、それで勉強し始めて、音階が出来るようになるまで3か月くらいかかって、難しい楽器なんですね。
由結:そんなにかかるんですか。この、所謂バグパイプの『バグ』というのは“bag”のことですか?
大塚:はい、その通り。昔は羊の皮でできていたんです。そのバッグにブローパイプで口から空気を吹き込んで、バッグを空気で膨らませて、そのバッグを左腕でグーっと押さえて、空気を押し出して、4か所に送るんですね。3つは上に伸びている音菅、『ドローン』と言いますけれども、もう一つは下の縦笛ですね、それを鳴らす。その4つのそれぞれにリードが入っているんですよ。2枚羽のリードですけれども、そこを空気が通ってリードを鳴らして、音が出るという仕組みですから、肺活量が結構いるんです。ボケ防止に最高です。
由結:そうですか。常にこの袋の中に空気が入っている状態にしなければいけない、と。
大塚:そうです。空気をこう、ふーふーっとリズミカルに送り込むわけですね。それで腕でグーっと押さえて空気を押し出すんですが、それをふいごの様に腕をしますとね、だんだん中の空気が少なくなりますから、最後は音が出なくなっちゃう。ですから、こういう風に腕を動かすのではなく、腕はギューッと抑えたままにして、圧力を一定にしながら、口からふー、ふー、ふーと吹き込むのがコツなんです。
由結:なるほど、では左腕は常に加重をかけている状態で、息を出していると。
大塚:はい、それで縦笛でもって音階、メロディーを吹くという事になります。
由結:非常に勇壮で哀愁のある音が出るという事なんですが?
大塚:両方出ますね。本当に哀愁のあるメロディーでいきますと、アメージング・グレイスという曲は哀愁がありますし、それから行進曲では、「♪パーンバーンババンバンバン・・・」これはスコットランド・ザ・ブレイブという行進曲ですけど、そういう様な勇壮な曲もあります。
由結:素晴らしいですね。先生のお声も。話は変わるんですけれども、先生は何でも外交官の時代に大使の時代に、国王の前で歌ったことがあるというのは本当ですか?
大塚:実は本当なんですね。実は、あまり言ってはいけない「外交的な秘密」ではあるんですけれども、いつの間にか自分でも喋っちゃってますんで(笑)。スウェーデン大使として赴任しますと、天皇陛下から頂いた、大使としての信任状をまずスウェーデン国王に奉呈するところから始まるんですね。スウェーデンの王様に王宮でお会いして、信任状を奉呈して、その後王様と2人で10分、15分くらいお話しする機会があるんですが、そのお話の後半で、「実は私、赴任する前に、スウェーデン語とスウェーデンの歌を勉強して参りました。」という話を王様に申し上げたんです。そしたら随分興味をお持ちになって、「スウェーデンの歌ですか。どういう歌を勉強して来られたんですか、アンバサダー!」とこう仰るものですから。
由結:ご興味をお持ちになったんですね。
大塚:そこで、私は、「『カール・ミカエル・ベルマン』という・・・この人は、モーツァルトの時代のスウェーデンの即興詩人ですけども、歌もたくさん作った方です・・・その人が作った曲の中で、いくつかありますけれども、こうこうこういう。カール・ミカエル・ベルマンの歌を勉強してきました。」とお話したのです。すると、「おー、本当に歌えるんですか。」と、そういう顔つきをしておられたので、「ここで歌ってみましょうか。」と、私から言ってですね、それで歌ったのがこういう歌です。はじめスウェーデン語でやりますけれども、その後私が作った日本語の歌詞もありますので付け加えますから。こんな歌です、お酒のみの歌ですよ。
目次
~♪“カール・ミカエル・ベルマン”の歌“Fredmans sång nr 21”をスウェーデン語で歌唱♪~
Så lunka vi så småningom, från Baccibuller och tumult när döden ropar: Granne kom, ditt timglas är nu fullt. Tycker du att graven är för djup nå välan ta dig då en sup tag dig sen dito en, dito två, dito tre så dör du nöjdare.
大塚:こういう感じの。結構リズミカルな歌でしょ?
由結:聞き入ってしまいました!
大塚:ここで、日本語で歌います。
~♪“カール・ミカエル・ベルマン”の歌“Fredmans sång nr 21”を日本語で歌唱♪~
さあ行こうよ、いつもの酒場
ほらワイワイ、ガヤガヤやっている
あんたの人生、もうお終い
三途の川すぐそこさ
ほら、あんたの棺桶そこにある
大きな口開け待っている
そこで一杯、二杯に、また一杯
ほろ酔い気分でご昇天
大塚:こういう歌なんですよ。
由結:おみそれ致しました(笑)そのような歌詞だったんですね。
大塚:結構面白いブラックユーモアの歌詞ですよね。
由結:スウェーデンの方は誰でも知っている歌なんですか?
大塚:みんな知っています。スウェーデンのお酒、アクアビットというんですが、ジャガイモでできた焼酎ですね、40度くらいありますか。とにかくこれをぐいっとやりますと、みんなでそういう歌が出てくるんです。
由結:そうなんですね。皆さん、それを歌うと楽しい気分になるんでしょうね。
大塚:スウェーデンの人は普段、日本人とよく似て、真面目な感じで、例えば男で言うと背広なんかも黒っぽい背広と、結構地味なネクタイ。時間厳守。似ているんですよ、日本人と。それからコンセンサス重視、出る釘は打たれる、そういう様な社会ではあるんです、今でもそうです。その真面目な人たちが、お酒が一杯入ると、ガラッと変わって、こういう歌が出始めるんです。新橋あたりの会社帰りのサラリーマン達が、赤提灯で一杯やり始めると陽気にガラッと変わるでしょう?よく似ているんですよ。
由結:そういう国民性の国で、しかも国王陛下の前で曲をお歌いになったという事なんですね。
大塚:はい、それが後でばれちゃいましてね、王様がスウェーデンの王宮の侍従長に「今日信任状もらったジャパニーズ・アンバサダーはなんだか面白いよ、スウェーデン語の歌を私に歌ってくれた。」と言ってみんなに吹聴したらしくてですね。
由結:きっと記憶に残る大使という事だったのでしょうね。
大塚:そうですね、そしたら途端に、『シンギング・アンバサダー』というニックネームがついちゃって(笑)。
由結:そうでしたか、先生としてはいかがでしたか、そのニックネームをつけられて。
大塚:それは私自身は、良いニックネームをつけて頂いたと嬉しく思いましたね。それでその後も王様に時々、色々な場でお会いする時に、王様の方から「アンバサダー、What kind of new song?」なんてご質問があるくらいで。
由結:やはりユーモアってとっても大事なんですね、先生。
大塚:そう思いますね。
由結:毎日の業務の中で、きっとそういった笑いを、先生が準備して提供したことで、お相手も非常に喜ばれたのでしょうね。
大塚:喜ばれたと思います。笑っておられました。さっきの歌を王様の前で歌ったときに、最初は、やっぱりびっくりした顔しておられましたよ。途中から手拍子が出てくるような感じで、とても喜んでおられましたね。
由結:そうですか、本当に外交の場面で必要な潤滑油と言いますか、そんなヒントのお話を頂いたように思います。
大塚:吉田茂さんもユーモアの人でしたよ。吉田さんは元々外交官ですからね。入省したのが昭和41年4月ですけれども、6月に大磯の吉田茂さんから、入省した僕たち同期生24人を昼食に招いて頂いて、僕らワクワクしましたね。その吉田邸に行くときに、マッカーサーとやりあった内輪話なんてしてくれるのかななんて、みんなでワクワクしながら行ったんですよ。初めのうちは僕ら緊張していたんですけど、吉田さんは座談の名手で、すぐ緊張感をほぐしてくれるんですよね。それでいろいろ面白い話をしてくれるんですが、私の同期生の1人の浜野君という人が、自己紹介の時に「総理、私はインドネシア語を今勉強しています。」って言ったんです。そしたら吉田さんが「おお、そうか、君はインドネシア語を勉強しているのかね、わしは実はインドネシアにいい友人がいてね、スカルノって言うんだがね」、スカルノ大統領のことですよ。つまりデヴィ夫人の旦那さんですよね。
由結:スケールが違いますね。
大塚:それでね、吉田さん、そういう話をサラッとされるんですよ。スケール大きいでしょ?「スカルノが日本に来ることになったんだよ。それでね、どうも戦争中の日本に対する対日賠償請求を持ち出すっていう様な情報が入ってきたから、わしもちょっと考えてね、どういう話をしようかと思って、スカルノさんにお会いするとき色々考えて、こう言ってやったんだよ。」食事の最中に、「いや、スカルノ大統領閣下、今回はよく日本にお越し頂きました。心から歓迎の意を表します。」と始めて、「実は毎年夏から秋くらいになりますと、インドネシアの方から送ってこられる台風のおかげで、日本は大変な被害を被っております。お米等々について、大変な被害を被っておりまして、今被害総額を計算させております。数字が出て参りましたらいずれ請求書をおまわしすることになるかもしれませんので。」わしはそういう風にスカルノに言ってやったんだよ。そしたらね、スカルノはね、賠償の“ば“の字も言わずに帰っていったよ。」
由結:さすがですね。
大塚:これ本当の話ですよ。もちろん多少のジョークが入ってるかもしれませんが、吉田さん流の、でも私たちの前でそういう話をされました。僕たちは聞いてて、「すごいな。」と。こういう外交の大事な場で、ユーモアの精神でね、相手を多少けむに巻いたり笑わせたりしながら、そうやっておられたのかと思って、本当に感心しましたね。それで、昼食が終わって、お見送りで、例のステッキをついて、葉巻を口にされながら玄関まで出てこられましてね。「君たち、一宿一飯の恩義、これを忘れてはいけないよ。」って仰ったんです。「今日はわしが君たちに昼飯を御馳走したんだ、今度はわしが訪ねていく番だから、君たちを。その時はよろしく頼むぜ。」こういう感じでね、吉田さんそう仰ったんですよ。それがよく記憶に残ってます。吉田さんの目が少年の目みたいにキラキラしてた。吉田さんはそういう人でしたよ。一宿一飯の恩義を、そういう恩義を僕たち果たさないといけないんですけれども、その次の年に、確か10月20日だったと思いますけれども、お亡くなりになったものですから、私たちは吉田さんに対する一宿一飯の恩義を返せないまま今まで来ているわけですが、私自身は吉田さんに教わったユーモア精神、これで友達の輪を増やすことによって、吉田さんに対する一宿一飯の恩義を返していきたいなと、そんな風に考えて暮らしているんですけどね。
由結:わぁ、素敵なお話ですね。先生が外務省に入られた1年目のお話ですね。その時にガッと心に刻まれたという事ですね。
大塚:なんだか刻まれましたね。吉田さんのお話は。
由結:それが先生の一つの土台になって。
大塚:まさに原点ですね。
由結:なるほど、先生本当にお話が尽きないんですけれど、色々と教えて頂きたい事沢山あるんですが、例えばバグパイプも息子さんと一緒に演奏なさっていたり、それから、世界フライフィッシング選手権に出られるということもまた是非またお聞かせ頂きたいと思っております。
大塚:はい、機会があれば是非お話させて頂きたいと思います。
由結:是非宜しくお願い致します。では、先生にとって、『ユーモア』って一体何でしょうか?
大塚:人間の、生きる糧と言ったらいいでしょうかね。なんだか最近私はそんな様に思えるようになりましたね。日本の高杉晋作は「面白きことも無きを面白く、住みなすものは心なりけり」と辞世で詠みましたけれども、その“心“っていうのは、私は”ユーモア”の心じゃないかなと最近そんな風に思えるようになりました。
由結:なるほど、そのユーモアというのを皆さんが持つようになると、もっと世の中が明るくなるんじゃないかなと思います。
大塚:輪が広がりますよ。友達の輪が広がっていきます。そういう気持ちを忘れずに、私は、ユーモアと笑いの伝道師、そんな風に暮らしていきたいですね。
由結:後進の者はそれを学ばせて頂きながら実践していきたいと思います。素敵なお話有難うございました。
大塚:こちらこそ有難うございました。由結さんの様な美しい魅力的な方の前で、こういうお話をゆっくりさせて頂くのは、本当に光栄なことでございます。
由結:有難うございます。最後まで本当に楽しませて頂きました。有難うございました。