佐藤ひらりさん シンガーソングライター「世界中の人を笑顔に」
銀座ロイヤルサロン1週目
目次
オリンピック開会式での国歌斉唱
由結:さあ、本日の素敵なゲストをご紹介いたします。シンガーソングライターの佐藤ひらりさんです。よろしくお願いいたします。
佐藤:よろしくお願いします。
由結:ご活動お忙しい中駆けつけていただき、ありがとうございます。佐藤ひらりさんはこの間のパラリンピックで国歌斉唱を担当なされました。あのときの感動がまだ胸の中にいっぱいあります。あの場に立ったときというのはどんな感じだったんですか。
佐藤:はい。まずスタジアムは残響、音の響きも普段と違って珍しく緊張しました。あとパラリンピックでの国歌斉唱は私の夢だと長年たくさんの人に言い続けていたので、きっとやってくれると待ってくれていた方に、やっと恩返しができるという思いで頑張りました。
由結:そうですか。佐藤ひらりさんは目が見えないということですが、会場に行かれたときはいろいろなこと感じられたと思います。どんな感覚でしたか。
佐藤:コロナ禍で人が少ない控室だったんですが、朝礼で集まった時に人がたくさんいらっしゃるのがわかったので、多くの方が一つになって作っているんだ、すごいなと思いました。
由結:素晴らしいですね。そしてこの間はなんと三条市の市民栄誉賞を取られたんですよね。これは本当に栄誉なことだと思うんですが、周りの方々の雰囲気や応援してくださった方々の反応など、いかがでしたか。
佐藤:ずっと地元に恩返しがしたくて、今回パラリンピックで国歌を歌わせていただき、地元の方に喜んでいただけたこと、さらに今回市民栄誉賞もいただくことができ、とても嬉しかったです。地元の方々が、この市民栄誉賞をいただいたことも喜んでくださって感動してくださったので、これからも頑張りたいなと思ってます。
音楽を始めたきっかけ
由結:本当に素晴らしいですね。佐藤ひらりさんが歌を始められたきっかけを教えていただけますか。
佐藤:はい。きっかけは5歳のときに保育園の電子ピアノの自動演奏で流れてきた美空ひばりさんの『川の流れのように』の旋律を聞いて虜になりました。それからCDをたくさん聞き、歌い始めると、それに気付いた母が老人ホームの慰問の機会をくれました。そこでたくさん昭和歌謡や童謡やひばりさんの曲を歌わせていただいて、たくさんのおじいちゃん、おばあちゃんに「ありがとう。感動したよ」って言ってもらえたことから、「ありがとう」って言ってもらえるのが嬉しくて、今のこの状況に至っています。
由結:そうですか。ひばりさんの歌でどんなところが素敵だなって思いますか。
佐藤:歌詞も歌声もとても好きですが、歌に表情が出ていて、同じの人とは思えないときがあります。また自然と一体化しているようにひばりさんの声は人々を癒す声だなというところも本当に好きです。
由結:なるほど。自然と一体化している声。なんでも、ひらりさんはひばりさんとそっくりの歌い方ができるぐらいお好きだったんですよね。
佐藤:はい。とくに小さい頃はひばりさんの幼少期の声にどんどん似せていっていました。
由結:なるほど。周りのお友だちなんか驚かれたんじゃないですか。
佐藤:いや、みんなが真っ直ぐ素直に子どもらしく歌ってた中で、私だけこぶしを回したりビブラートをかけたりして歌っていました。
第7回ゴールドコンサート受賞、自作曲『みらい』について
由結:そうですか。もうそのころから能力を発揮されていたと思いますが、9歳のとき、第7回ゴールドコンサートでなんと史上最年少で賞を取られてますよね。そのときはいかがでしたか。
佐藤:そのときは優勝したいと考えていなくて、自分の歌がどう皆さんに認めてもらえるのか試したいという気持ちで、とても楽しんで歌いました。
由結:そうなんですね。さらに東日本の大震災、大変な被害でしたが、そのとき自作曲の『みらい』を作ってらっしゃいますよね。あれがもう今大人気ですが、これに込めた思いを教えていただけますか。
佐藤:はい。被災の情報がテレビで映っていて、「私も歌でなにかできないかな。」と考えて作った曲です。最初に過去、現在、未来、みんな歩いていけるよという歌詞が浮び、目の前に大変で暗い状況があっても、心の目を開いて明るい未来に向かって進んでいけたらいいなと、そんな思いをこめて作りました。
由結:なるほど。曲や歌詞を作られるとき、どういうふうにできていくのかなと思うんですが。
佐藤:最初はこの機械で歌詞を書いているうちに、リズムでだんだん曲が浮かんでくるという感じでしょうか。
由結:そうなんですね。これがその機械なんですね。
佐藤:はい。ブレイルセンスという機械で、これで点字のキーを打っています。このキーを打つリズムに合わせてだんだん曲が浮かんでくる感じです。
由結:なるほど。こちら皆さんに見えやすいように少し向けさせていただきますね。こんな機械です。
佐藤:点字のディスプレイが動いています。
由結:へぇー。ではこれを使いながらどんどんアイデアがわいてきて、その次、その次というふうに旋律が生まれてくるんでしょうか。
佐藤:はい。それを作ったあとにだんだん整理して整える感じですね。
アポロ・シアターで歌う
由結:なるほど。ではこれはアイデアの泉で、どんどんわいてくるという感じですかね。そして、12歳のときになんとニューヨークのアポロ・シアターに立たれるわけなんですね。もうそうそうたる面々の方がこの場所に立たれている場所ですよね。どうしてその場所に立つことになったんでしょうか。
佐藤:海外に行きたいという強い思いがあって、知り合いにアポロ・シアターというのがあるんだよと教えてもらい、映像を送ったところ、歌うことになりました。ゴールドコンサートの時と同じように最初は優勝とかよりも海外に出てちゃんと試したいっていう気持ちがいっぱいでした。
由結:なるほど。海外の方の反応はどうでしたか。
佐藤:日本では静かにシーンと聞いてくださるお客様が多かった中で、歌った瞬間に「うわー」と歓声をいただいたのにもう驚いて、自分もピアノから鍵盤の手を離してしまいそうになりましたね。
由結:そうですか。日本ではなかなか味わえなかった感覚でしょうか。
佐藤:はい。日本でも大きな拍手をいただけますが、こんなスタンディングオベーションや歓声はなかったので、本当にびっくりしました。
コンサート合間のトーク
由結:そうですよね。その後もたくさんのコンサートをこなしてらっしゃるひらりさんですが、曲ももちろん素晴らしいんですが、その間のトークが本当に楽しくて素敵だなと思います。
佐藤:ありがとうございます。
由結:あれは何か事前に考えられたりしてるんですか。
佐藤:はい。少しだけ考えて、実際お客様と対しながら肉付けしていく感じですね。
由結:なるほど。お客様とのレスポンスがあるんですね。
佐藤:はい。イベントが始まる前に、私は目が見えないのでニコニコしてもらうだけでなく、皆さんに拍手をしていただいたりとか笑っていただけると嬉しいですっていうことを伝えています。
由結:それは観客としても嬉しいですよね。どういうふうに応援したらいいのかなって思うところをいろいろと先に場を温めてくださってるんですね。
佐藤:ありがとうございます。
由結:ファンの方がたくさんいらっしゃると思いますが、どういう方々が応援してくださっているんですか。
佐藤:地元の方々や、私が最初の方よく美空ひばりさんの曲を歌っていたので、若い方より年配の方のほうが多いですね。よく長生きしてくださいってお願いします。
夢をかなえるためには、母の存在
由結:なるほど。頼もしいですね。天皇皇后両陛下の御前でも国家斉唱をなさってらっしゃいますよね。そのときなどはどんな感じでしたか。
佐藤:はい。両陛下とお話はできませんでしたが、でもしっかりとお二人のところで日本の大切な歌を伝えようという思いはちゃんとこめて歌いました。
由結:この国歌を斉唱しよう、とくにパラリンピックでの国歌斉唱、これはもう長年の夢であったとお聞きしていますが、これは元々お母様の発案だったと。
佐藤:はい。東京に招致が決まったときに母が「ひらり、ここで歌おう」と。「たくさんの人に恩返しができるよ」と伝えてくれて、やりたいと思いました。
由結:そうなんですね。誰もが願ってもなかなか叶うことじゃないと思いますですが、見事これを叶えたという、なにかそれって秘訣があったのでしょうか。
佐藤:もうとにかく伝えていました。例えば震災の被災地であろうとどこであろうと「私の夢は2020の東京のオリパラで国歌を歌うことです」って、たくさんの人に伝え続けていました。たくさんの人が心で応援してくださり、そこからさらに多くの人に伝えてくれたので歌うことができたんだなと思っています。
由結:素晴らしいですね。とにかく周りに言うっていうこと大事なんですね。そして、お母様と一緒にこれまでお二人で活動してこられたと思いますが、これまでの道のりを振り返っていかがですか。
佐藤:はい。ずっと母は私のことを守り支えてくれています。また私のファン1号、お客さん1号として率直なこともたくさん伝えてくれたので、これからもファン1号に認めてもらいたいなって思いもこめて、頑張っていきたいと思ってます。
由結:そうなんですね。ちなみに、率直なことっていうのはどんなことなんでしょうか。
佐藤:例えば、歌詞でここはもうちょっと寄り添う方に伝えたほうがいいんじゃない?とか、誰かとのコールアンドレスポンスの話でちょっとアドバイスを求めたりもしています。
由結:なるほど。こうやってお母様と共に歩んでこられて、そして道がさらに切り開かれていると思いますが、夢を叶えたいなと思ってらっしゃるリスナーの方に向けて、最後にメッセージをいただいてよろしいでしょうか。
佐藤:はい。私はとにかくどんなときでもいろんな人に自分の夢を伝えてきました。皆さんも将来の夢があまり決まっていなくても、少しやりたいこと、これからの目標ができたら、とにかくたくさんの人に伝えて、心の目を開いて一緒に明るい未来に向かって進んでいきましょう。ありがとうございました。
由結:素敵なメッセージありがとうございます。さあ、ひらりさんには来週もまたゲストでご登場いただきますので、とても楽しみにしております。本日は本当にありがとうございました。
佐藤:ありがとうございました。
銀座ロイヤルサロン2週目
JKAのCM『expect』と『my self ~何度も、何度も~』
由結:さあ、本日の素敵なゲストをご紹介いたします。シンガーソングライターの佐藤ひらりさんです。2週目、ご登場いただいております。よろしくお願いいたします。
佐藤:よろしくお願いします。
由結:前回も本当にワクワクするような夢の叶え方のお話を伺いました。そして、今こちらのスタジオに素敵なジャケットのCDが置かれています。なんとこれは写真家の渡辺達生さんによる撮影のものなんですよね。
佐藤:はい。そうです。とても楽しく、楽しいいろんな会話をしながら撮影していただきました。
由結:ひらりさんのお声になにか引き寄せられるように渡辺さんが撮ってくださることになったんですよね。
佐藤:私が渡辺さんがいらっしゃるところで美空ひばりさんの曲を歌わせていただいたことから始まりましたね。
由結:ご縁って素敵ですね。このCDですが、JKAのCMイメージソングとしてて『expect』と『my self ~何度も、何度も~』というのが入っているものなんですね。
佐藤:はい。JKAの競輪とオートレースの補助事業のCMの曲として作らせていただきました。頑張っている人への応援歌というイメージで、1曲目の『expect』のほうはとても頑張って、そのまま突き進んでいこうという疾走感のある曲になっています。もう1曲は一度立ち止まってしまったときにゆっくり聞いてもらいたいっていうそんな曲になっています。
歌う時に大切にしていること
由結:本当に聞いているだけで体中が躍動するような感覚を覚えました。ひらりさんのこの伸びやかなお声とか、こういうものっていうのは昔からの資質としてお持ちだったものなんですか。
佐藤:どうでしょう。いろんなところでいろんな人の歌も聞かせていただきながら、とにかく歌が好きだったので、母がいない間もずっと歌ったりとかしながら、少しずつ積み上げさせてもらってることなんじゃないかなと思ってます。
由結:なるほど。こないだもパラリンピックでの国歌斉唱、もう素晴らしい偉業を成し遂げられましたが、そういう場所に立ったとき、無観客だったと思いますが、世界中に届けという思いだったんでしょうか。
佐藤:はい。いつも国歌を歌うときに考えていることで、日本の大切な曲を歌おう、言葉や歌詞をしっかりと届けようというイメージを強く持っています。例えば『さざれ石』のところは息を継がずにしっかり歌おうなど、ちゃんとボイストレーニングに通い、練習して臨みました。
由結:なるほど。この国歌において『さざれ石』というのは大きな意味を持つと思うんですけれども、そういったところの一つ一つの言葉の意味を大切にされてるということですね。
佐藤:はい。
由結:そしてひらりさんは今大学でも勉強されているということですが、こういった音楽の歴史や深い意味などそういうところに関心がとても大きいそうですね。
佐藤:はい。今は作曲をメインで勉強していますが、西洋音楽史や諸民族音楽概論などの背景についてもたくさん学ばせていただいているので、得た知識を音階や歌詞などに反映していきたいなと思っています。
目が見えないことで得たもの
由結:楽しみですね。ますます広がっていくと思います。ひらりさんは生まれつき目が見えない状態であったということなんですが、目が見えないことで苦労なさった点などはあったんでしょうか。
佐藤:苦労ということはあまりなかったですが、私が保育園や小学校などで動いたり楽しんだり歌ったりとかしているときに、「見えないのにすごいね」といろんな方に言われて、なぜ「のに」と言われなければならないのかと、とても悔しい思いをしたのは覚えていますね。
由結:なるほど。では、逆に見えなくてよかったと思うようなことはありますか。
佐藤:はい。たくさんありました。ほかの人は絶対触らせてもらえないような踊っているピエロの体中、鼻や笛とかいろんなところを触らせていただいたり、博物館などで古い甲冑や鎧などを触らせていただいて、皆さんができないような体験をさせていただきましたね。
由結:そうですよね。なかなかできないと思いますが、この触った感覚とかどうでしたか。
佐藤:はい。硬くて古そうで、本当に恐れ多くてあまり触れませんでした(笑)。
由結:そうですか(笑)。なるほど。様々な経験がきっと歌にも活かされているんだろうなと思いますが、その点いかがですか、
佐藤:普通の人が触れないもの、触覚も隅々まで働かせています。また色を私は感じませんが色がイメージとなっているので、そこで歌詞が生まれたりもしています。
由結:色がイメージとなって歌詞が生まれる。へえーっ。
佐藤:はい。例えば私は実際の虹色は見えませんが、虹をたくさんの人の心と重なっているというイメージで『なないろの夢』という曲もできました。
由結:なるほど。自分自身のこのイメージというものが広がって見えるという感じなんですね。
佐藤:はい。そういう感じです。
バリアフリーに思うこと
由結:素敵ですね。この世の中、いろいろな場所でバリアフリーという言葉も聞かれるんですけれども、バリアフリーになったらいいなと思うような点はありますでしょうか。
佐藤:はい。まず駅などのお手洗いの流すところの位置が場所によってバラバラで、間違って非常センサーを押してしまいそうになることもあったので、そこは統一になったらいいなと。あと震災など被害が遭ったときに避難所で入ろうとすると、見えない人やほかの障がいがある人はここはバリアフリーじゃないのでと言われ、排除されてしまうことがあるので、どこでもみんなが入れるようになるといいなと思っています。
由結:非常事態だからこそ駆け付けた場所で断られるというのは大変なショックですものね。
佐藤:はい。本当にそうだと思います。
由結:様々な面でひらりさんがご活躍なさって、そういったことでご意見を述べておっしゃっていただくととても心強いなと思います。
佐藤:ありがとうございます。
日本のスティーヴィー・ワンダーになりたい
由結:パラリンピックで国歌斉唱という偉業を成し遂げられましたが、次なる夢というのはありますか。
佐藤:はい。ずっと言っている目標は子どもから大人までみんなが口ずさんでくれるような歌を作って歌えるシンガーソングライターになること。そして私の歌を知ってもらって、〓ショウハヤ〓(06:48)も後から知ってもらえるような、日本のスティーヴィー・ワンダーさんになれるといいなと思っています。なので、日本のスティーヴィー・ワンダーさんになるために、スティーヴィー・ワンダーさんと共演するという新たな夢もできました。
由結:すごい夢ですね。これは実現しそうでしょうか。
佐藤:はい。実現に向かって着々と進んでいます。
由結:先週も夢を実現させるためにはまず公言する、周りの方に言うんだというお話を伺いましたが、今も周りの方々にお伝えになってらっしゃるんですか。
佐藤:もう言い続けています。
由結:この夢を形にしていく過程ってすごく素敵だなと思うんですけれども、いつもひらりさんのそばにはお母様がいらっしゃいますよね。お母様と共に積み上げてきたこの夢の実現、どんな感じになりそうだと思いますか。
佐藤:私が目指す道から外れてしまいそうになるときも、母がいつも言葉をかけてくれるので、ちゃんと真っ直ぐに進んでいけるんじゃないかなと思っています。
由結:ありがとうございます。素敵ですね。障がいをお持ちの方もはじめ、ラジオをお聞きの方に向けて、メッセージをいただいてもよろしいでしょうか。
佐藤:私は障がいがあるからこそ出会えた人もたくさんいました。そんな中で皆さん、障がいもそれぞれの特性だと思って、人をなるべく排除しない、まぜこぜの世界を目指して一緒に進んでいきましょう。どうもありがとうございました。
ひらりさんイチオシの一曲
由結:はい。ありがとうございました。まだ少しお時間があるので伺いたいんですけれども、ほかにもたくさんこの『my self ~何度も、何度も~』、『expect』など曲を作られていますが、ひらりさんご自身のイチオシの曲っていうのはありますでしょうか。
佐藤:はい。これからの日本のことを考えて作った『令和』という曲が自分の中ではいいなと思っています。
由結:『令和』を考えられるときはどういうふうな感じで作られたんですか。
佐藤:まず令和と年号が決まったときに歌詞を書いて作った曲なんですが、これからの日本のことを考えながら、日本が素敵な微笑みを世界に咲かせられるようになるといいなという思いをこめて作りました。
由結:なるほど。今暗い話題があったりしますけれども、微笑みをっていう、すごく素敵な言葉ですね。では、今後のご活躍を本当に楽しみにしております。本日はありがとうございました。
佐藤:ありがとうございました。
佐藤ひらりさんのプロフィール |
5歳の時に美空ひばりさんの「川の流れのように」に出逢い音楽に目覚める。 東京2020パラリンピック開会式にて国歌独唱。 今後の夢は日本の |